心に噺がおじゃましまっす!

心の端にそっと置いてもらえるような物語を目指して書いています。

会話研究部 第4話 ~会話発生原理~


明日は高校入学して2度目の週末ということもあり、新しい友達ができた人たちはなにやら遊びに行く話で盛り上がっていた。もちろん僕はそんな事とは無縁で、そそくさと部室へ向かった。


部室へつくといつも通り窓を開け師匠を出迎えた。
「今日は週末だったな。学は友達と約束は無いのかね?」
「僕は師匠の休日を見に行く予定がありますよ」
「ふむ。別に友達ができたら私なんかを構っていなくても良いからな。学が来なくても私はこの部屋の外で昼寝してるのでな。まあ良い。今日は会話の発生原理について話をしよう」


「なんですか、それ」
「解らんかね? 私が解りやすいと思って考えたネーミングだったんだがね。要は会話を始めるきっかけとでも思ってくれたまえ。学は会話のきっかけはどんな事から生まれると思うかね?」
「何か特別な事が起こったときだと思います」
「ふむ。確かに特別な事が起これば話したくなるな。しかし、それだけではないだろう? 日常の何でもないような会話はどんな時に発生するかね?」
「正直わかりません」


「感情だよ。人は感情が動いたときに会話をするんだ。さっき学が言った特別な事が起きたときは特に大きく感情が動くだろう? 特別な事が起こらなくても感情は常に動くものだ。今私の言葉を聞いている間にだって、学の感情は動いているはずだ。例えば私の言葉に共感できるのか、反論したいのか、それとも疑問に感じるのか、それらすべてが感情の動きなんだよ」
「でも、それは師匠と会話をしているから感情が動いているんじゃないですか? 僕はじっとしゃべらずにいるときは、特に会話のきっかけをみつけられません」


「そうか、それなら練習だ。この部屋に初めて入ったとき何か思わなかったかね?」
「一番奥の部屋で大きな木があって、隠れ家みたいで気に入りました」
「それが感情の動きだよ。感情が動いた時もし独りで話し相手がいなかったのなら、後になってから話せばいいだろう。私に対してでも親や友達に対してでも誰でも良いんだ」


「確かにそうですが、それは特別な事ですよね」
「そうだな。しかし、天気や季節やその日の気分で変わるだろう? 暑かったり寒かったり憂鬱だったり上機嫌だったりいろいろな。1日として同じ日は無いのだよ。私は毎日が新鮮で感情が動きっぱなしだがね」
「そうですね。でもそれで話のきっかけを作っても自分の話はできますが、それでは聞き手としてはダメだと思います」
「そんなことはないぞ。自分の感情の動きを相手に伝えれば相手の感情も動くものだ。相手の感情を動かせれば当然聞き手になることもできるだろう。例えば、私は犬が嫌いなのだが、学はどうかね?」


「好きですよ。なぜ嫌いなんですか?」
「あれはすぐに吠えてくるし、猫を見つけるとなぜか追いかけてくる。私たちを遊びの道具としか見ていないのだろう。あれはいかん」
「なるほど。確かに猫にとっては困った事ですね」
「どうだね? 今私は私の感情を学に伝えただけだったが、それで学は感情が動いただろう?」
「確かに、僕はついさっきまで犬について特に考えてもいなかったですが、今は猫から見た犬についてという新鮮な角度で考えていますね」


「このように、お互いの感情を動かし続けることが会話なのだよ。では、次はテーマ設定だ。前にも言ったと思うが、会話にはテーマが必要なんだ。会話が上達すれば自然にテーマ設定ができるものだが、まずは意識的に作ってみると良いだろう。さっきの私の話にはまだテーマが設定されていなかったのだが、そこから先はいくつかの選択肢があったのは気付いたかね?」


「師匠が犬が嫌いという話ですか?」
「そう、私が犬が嫌いな理由もテーマ設定の選択肢の一つだが、他にも学の犬に対する想いについてテーマ設定しても良いし、更に他の動物の好き嫌いについてテーマ設定することだってできる」
「なるほど。その中から僕は1つを選んだ訳ですね」
「そして、話の途中であっても好きな時にテーマは変えて構わないんだ。話しているテーマで話が尽きそうだったら別のテーマに変えればより長く話ができるだろう。だから、話し始める前にいくつかテーマを思い浮かべておくとよい。もちろん、相手の言葉から別のテーマが浮かぶこともあるがな」


なるほど、僕はいつも会話は受け身だったので気付かなかったが、誰かがテーマを決めて話してくれていたんだ。会話のきっかけもテーマも作らなければ確かにすぐに会話が止まってしまうからつまらない人と思われてもしかたない。


「にゃ!」
「どうしました?」
「私は帰る! 明日は休日だったな。ではまたいつか会おう!」
そう言うといつもより急いだ感じで出て行ってしまった。いつも気にしていなかったけれど、何時頃師匠はここをでるのだろう。この部屋に時計を置かなければと思った。
そして、「またいつか会おう」という言葉も気になった。休日がいつ終わるのかもわかっていないのかもしれない。日曜日になったら休日が終わることを伝えなければ来てくれない気がした。