心に噺がおじゃましまっす!

心の端にそっと置いてもらえるような物語を目指して書いています。

会話研究部 第5話 ~休日の師匠と僕~


朝ご飯を食べてすぐに僕は家を出た。坂の上の神社へ行くためだ。そこの神社は昼になると人がごった返すのでなるべく早めに行きたかった。せっかく神社に行くので少しばかりの小銭と本を持った。今日は見事な五月晴れだった。今日もたくさんの人が神社を訪れるのだろう。


神社につくとさっそくお参りをした。これと言って願い事が無いのでとりあえずお賽銭を入れて手を合わせるだけだ。それが済んだら土産屋に行ってみた。土産屋はまだ閉まっていたが、師匠は既に土産屋の前に陣取っていた。きっと師匠の定位置なのだろう。とても馴染んでいた。


「師匠、おはようございます」
師匠に挨拶したが、当然師匠は外では話さない。それは解っていたので特に気にせず、しばらく土産屋を眺めていた。すると土産屋から店主が出てきた。


「おや、ずいぶん早いお客だね。では店を開けるとするかね」
ふいに話しかけられた言葉が師匠に似ていたので師匠に話しかけられたのかと思ったが土産屋の店主だった。僕が呆気にとられていると、
「どうしたのかね?」
「いえ、別にその……」


「まあ、買わなくても構わんよ。客が一人でも店に入っていると他の客が入りやすいものなんだ。ひやかしで良いから他の客が来るまで私の話し相手になってくれんかね?」
「え、はい……」
「君はこのあたりに住んでるのかね?」
「はい」


「猫が目当てかね?」
「ええ、まあ……」
「猫のことはどこで知ったのかね?」


その質問には答えられない、と思った。
師匠に聞いたなんて言えるわけもなく、それをうまくぼかす言葉も見つからなかった。
「ふむ、最近雑誌の取材があってね。この店の事が有名な雑誌に載ったらしいのだよ。その効果だと思ったのだが違ったようだね」
「すみません。その雑誌は見ていません」
「そうかね」


店主は少し残念そうだったが、すぐに気を取り直して話しかけてきた。
「君、甘いものは好きかね?」
「いいえ、それほど好きではないです」
「そうかね。それなら土産をもらうならどんなものが嬉しいかね?」
「えーと」
難しい質問だった。お土産と言えばほとんどが甘いもので自分が嬉しいと思ったことが無かったのだ。だからと言ってキーホルダーのような小物ばかりもらっても使いどころもなく捨てることもできず、困るのだった。


「甘いものが苦手な人に何を土産に持って行ったら喜ぶのか興味あるな。前に来たお客さんにも聞かれたことがあったのだよ」
「そうですか」
うーん、どうしよう。ここは何か無難な答えを出さないといけない雰囲気だ。


「小物はどうかね? これなんか良いと思うのだが」
それはさっき困るもの代表で思い浮かんだキーホルダーだった。しかしそれが良いと言うことの方がこの話題を無難に終わらせられると思った。
「そ、そうですね」


心にもないことを言ったせいでついかんでしまった。店主はそれに気付いたようだ。
「あまり気に入らんかね?」
「そんなことはないですよ。きっと喜ばれるかと」
「ふむ、まあ必要としていない人にしてみたら処分に困るものかもしれないな。もし他に良いものが思い浮かんだら教えてくれると嬉しいな」


「はい。近くに住んでるのできっとまた来ます。師匠もいますし」
「師匠? 誰だね?」
「あ……。何でもないです」
「ふむ、そうかね。そう言えばそこの神社は学問の神様で有名なんだ。君もお参りしてみてはどうかね?」
「はい」
既にお参りしたと言うと、また話が長引きそうだったのでつい返事をしてしまい、そのまま帰るのもおかしかったので本日2度目のお参りをすることになった。
その後、近くの公園で本を読んでいると師匠が隣に来た。きっとさっきの会話で何か言いたい事があるのだろうと思うのだが、何も言わずにそこで寝ていた。
しばらくすると観光客らしき人が来て師匠に近づいて来たので、僕はそっとその場を離れることにした。そしてその日、僕は図書館で本を読んで過ごした。


次の日も、本を読みながら甘いものが苦手な人が喜ぶお土産の品について考えていた。そして、夕方になってから僕は師匠のいる土産屋へ向かった。
「師匠、明日からまた学校が始まります」
この事を伝えるためだけに。