心に噺がおじゃましまっす!

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ぷるぷる大陸物語 第15話 ~取り戻した平穏~

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「ねえ、ハインツ」
隣に座っていたアストリアが不意に口を開いた。

「買ってもらった矢、使い切っちゃった」
何を言い出すのかと思ったら、矢の催促か。
アストリアは素早く何本もの矢を撃つ事が得意だから、無くなるのも早いのだろう。
トルキンエの魔法で矢を出せれば残数を気にする必要も無くなるな。

 

「ハインツって昔からあんな感じだったんですか?」
「あんな感じ? 何か失礼な事でもしましたか?」
「いえっ、あのっ、失礼とかじゃないんですが……」
「ああ、すみません。あの子は物心付く前に親を亡くしていますので、あまり主張しない子だったんです。だから、遠慮しないように接してきたつもりなんですが」
「アキツネは甘やかしすぎだ。叱る時は叱らなきゃいけねぇ」
「あははっ。まあ、優しいところもあると思いますよ」
「あー! 矢のプレゼントは笑ったな~」

隣の部屋の笑い声で目が覚めた。もう昼過ぎのようだ。
どうも一仕事終えた次の日は昼まで起きられないらしい。
目が覚める前の会話も微かに覚えている。
夢とリンクしたような不思議な感覚だ。
……そんなに矢は悪かったのか?

「あ、ハインツ起きましたよ」
アストリアの声だ。
あんな感じとはどんな感じだ?
『ひぇ? なんのこと?』
こいつ、俺が寝てると思って油断しやがったな。

俺はガラリと引き戸を開けて顔ぶれを見た。
アキツネとアストリアとトルキンエが丸机に座って話していた。
サネアツはいつもの定位置である自分の机に向かっている。
ユエルドは少し離れたところで座っていた。

「スレイとガーラは?」
「黄龍団の方々とスレイさんは一足先に帰ったよ」
アキツネが残念そうに言った。
こいつは他人をもてなす事が好きだからな。

もてなすと言ってもこんな小さな村では、たいした事はできない。
今もアストリアとトルキンエの前には無造作に木の実が転がっていた。
これは村では一般的なおやつだ。

アストリアの前にある木の実を適当にわしづかみして口に放り込んだ。
「あっ、私の~」
「ふん、こんなの欲しけりゃいくらでも出てくる」
俺はボリボリと木の実を噛み砕きながら他の食い物を探し始めた。
言っている間にアキツネが追加の木の実をこんもり盛ってきた。
「ささっ、まだまだありますよ」
「わ~い」

どうせ3日で飽きるけどな。
と思った時、俺は凄い光景を見た。プルニーが木の実を食べたのだ。
プルプルは空気中の微生物を食べて生活しているのだと思っていた。
それほどプルニーが何かを食べるという事が無かったからだ。
アストリアに聞いても何も食べようとしないと言っていた筈だ。

『おい、プルニー。それ食って平気か?』
『うん! おいしー!』
俺はすかさずアストリアの手を握って確認したが、問題なさそうだ。
魔法を使っていたからエネルギーが必要になったのか?
プルプルの生態は謎だらけだ。

「なあハインツさ。前から思ってたんだけど、なんで唐突にアストリアの手を握るのさ?」
トルキンエが不思議そうな顔をしていた。
あれ? 言わなかったか?
「俺は相手の体に触れると一時的にそいつの魔法を使えるようになるんだ。奥の手だから誰にも言うなよ」
「そうなのか!? じゃあ、治癒はお前に任せたっ!」
「いや、何でも完璧にできるわけじゃない。俺にも得手不得手があるからな。お前の治癒魔法は相性が悪い」
「なーんだ。使えねぇな」
「使われる気はねぇな。それよりトルはこれから特訓だ」
「なんで私だけ。なにさせる気だよ?」
「壁だけじゃなく、矢を作り出せるようになれ。そうすればアスが無限に攻撃できるだろ」
「また買ってやれば良いだろ? ぷっ、ふはははっ」
こいつ、思い出し笑いしやがった。
「お前……」
俺は怒りを覚えた。
「あーあ、あんたハインツ怒らせたな? あいつ怒ると厄介だぞ?」
サネアツがなんか言っているが、もう手遅れだ。後悔するがいい。

俺は自分の部屋からスケッチブックとペンを取り出しトルキンエの前に放り投げた。
「お前にプレゼントだ。良い絵を描けよ?」
「ぬ……」
「あんた絵を描くのか?」
「そこ、聞くんじゃねーよ」
トルキンエがサネアツの頭を小突いた。
「あー、描けないのか?教えてやろうか?」
アストリアとユエルドとアキツネもじっとトルキンエを見ている。
「言っておくが、この村は手先が器用な人間ばかりだ。絵を描けない奴なんて1人もいねぇぞ。他人を笑い者にする奴には一番効果的な仕返しだろ? ざまーみろ。分かったら他人を笑ってねぇで矢を作る練習しとけ」
俺は言い捨てて外へ出た。


俺はいつものようにお気に入りの場所へ行って考え事をしていた。
暫くするとサネアツが隣に来た。
「落ち着いたか?」
「なあ、鉄兜作ってくれ」
「そんな物何に使うんだ?」
「攻撃する道具が悪いんだろ? やっぱり贈り物は身を守る物だよな」
「……分かった」
サネアツは頷いて去って行った。


暗くなってきたので俺も家に帰る事にした。
途中、アストリアとトルキンエが特訓していた。
トルキンエの作る矢はまだまだ歪でうまく飛ばないらしい。

家に帰ってみると俺が放り投げたスケッチブックにたくさんの矢の絵が描かれていた。
上手い方はサネアツかユエルドが描いたのだろうか?
こっちの歪な方がトルキンエの絵だな。サインが無くても分かる独特な絵だ。
本当はアストリアの魔法を使って俺のイメージを流し込めばすんなり作れるようになると思っていた。
アストリアはやはり自分の魔法を、言いづらい言葉を伝える時に使う程度にしか考えていないのだろう。
まあ、少し放っておこう。頑張れ。

「ハインツ受け取れ」
サネアツが突然何かを投げた。
それを掴んで見てみると、髪飾りだった。
これは村の民芸品だ。
手先が器用なプルプット村で作られる髪飾りはプルプール王国では結構人気があり、少し高価なアクセサリーとして知られている。
しかもこの村で一番器用なサネアツの作った髪飾りだ。
俺は髪飾りの相場を知らないが、かなりの値段で売れるのだろう。

「なんだ?軍資金をくれるのか?」
「いや、鉄兜の代わりだ」
「どうしたサネアツ。鉄兜と髪飾りの違いも分からなくなったか? これじゃ身を守れないじゃないか」
「大丈夫だ。良いからそれを渡せ」
サネアツはそれだけ言うと奥に行ってしまった。
何を考えているのか全く分からない。


依頼していた物とは全く違うが、かなりの完成度だ。
俺は特訓中のアストリアとトルキンエのところへ行った。
まだまだ矢は歪で飛ばない。
「アス、これ受け取れ」
「え?」
アストリアは受け取った髪飾りを見て驚いていた。
驚くのも無理はないだろう。こんな実用的でない物を貰っても使いどころに困るだけだ。
「サネアツに鉄兜を作ってくれと言ったらそれになった。王国に戻ったらちゃんと鉄兜を買ってやる」
「え~と、髪飾り、嬉しいよ? 鉄兜は……いらないかも」
「なんだと?」
サネアツの方が正しいとでも?
ゴーレムの正体がチュラットだった事よりも驚いた。
トルキンエは向こうを向いてしゃがんでいたが、肩が震えている。
どうせまた笑っているんだろ?

「あのね、ハインツ。そんな事よりも言わなきゃいけない事があるの。『風の奇跡』はこの村の人がみんなでお金を出し合って買ってくれた物だったみたい。聞いた訳じゃないけど、心の声が聞こえちゃって」
「そうか」
『風の奇跡』とは伝説の弓で、サネアツから譲り受けた物だった。
伝説では常に女性が使っている武器として描かれている為、アストリアに渡したのだ。

まあ、何も言わないという事は、これからも言う気は無いのだろう。
それなら俺から直接礼を言うのは無粋だろう。
受けた恩以上の働きで返せば良いだけだ。


何も無い小さな村だが、
色々な出来事があった村で、
結局、良い村なんだな。

 

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