心に噺がおじゃましまっす!

心の端にそっと置いてもらえるような物語を目指して書いています。

会話研究部 第3話 ~良い聞き手とは~


今日も部室の窓を開けると師匠が入ってきて授業が始まった。
「さて、昨日は無口と聞き手は違うという話までだったな。では、今日は良い聞き手とは何かについて話そうかね。そう言えばまだ学とは呼び方以外あまり話したことはなかっただろう。手始めにテーマを私についてで学は聞き手としてやってみるんだ。私は話し手の役をやるから学が良い聞き手として会話を続ける練習だ」
それはちょうど良い。昨日師匠はどこでご飯を食べているのか聞いてみたいと思ったところだ。


「では質問があります。師匠はどこでご飯を食べているんですか?」
「猫好きな人からわけてもらったり、自分で狩りをしたりいろいろだ」
なるほど。確かに野良猫に餌やりしてる人を見かけたことがある。きっと昨日も決まった時間に餌やりしてる人のところへ行ったのだろう。


「さて、学。今黙り込んで考え事をしていたな?」
「え? あ、はい」


「それでは良い聞き手にはなれないんだよ。良い聞き手とは、相手の応えに対して更に質問を続けるんだ。例えば、さっき私の応えに対してどんな感想を持ったかね?」
「昨日も誰かにご飯をもらうために帰ったのかな? と思っていました」
「それを質問文にして私に言うとどうなる?」


「えっと、昨日急いで帰ったのも誰かにご飯をもらうためだったんですか?」
「そうだな。坂の上の土産屋の店主が決まった時間に餌やりしているのでありがたく頂戴しているんだ」
思った通りだった。別に聞くまでも無かったような気がした。


「学? 今思った通りで聞くまでも無いことだったと思ったな?」
「師匠は僕の心も読めるんですか?」


「いやいや、そんなことはできんよ。ただ、学は相手の言葉に対してすぐに考え込む癖があるだろう? その時に考えて至った結論は確かに正しいかもしれない。しかし、それでは会話にならんのだよ。せっかく目の前に応えを持っている相手がいるんだから相手の言葉に対して更に質問を続けるんだ」


「でも……」
「ふむ。なにかね?」


「でも、聞かなくても解るようなことを聞いても意味がないと思いませんか?」
「そんなことはない。解りきっている質問でもその返事に次の会話のネタが詰まっているんだ。例えば、私の返事で何か思わなかったかい? わざとひっかかりそうな新しい情報を入れたつもりだったんだがね」


「あ、坂の上の土産屋ってどこですか?」
「そう、そのように話が続くだろう? だから解りきった質問だったとしても聞く意味が無いなんて事はないんだよ。ちなみに土産屋は神社の前の小さなお店だ。店の名前は知らんがな。私は話はできても字は読めないのでな」
字が読めないのは意外だった。これだけ話ができるのだから字を読むくらいできると思っていた。しかし、別に店の名前や神社の名前は聞くまでもなく、このあたりで坂の上の神社といえば、一つしかなかった。


「また考え込んだな。会話は思ったことを口にすることが基本だ。会話はスポーツだと思いたまえ。少しでもタイミングを逃したらその言葉の球はどこかへ飛んでいってしまうぞ」
「あはは、名言ですね。スポーツだと思うと、確かに考え込んでいる隙を作ってはダメですよね」
会話をスポーツと例えるなんて、僕には新鮮すぎて面白かった。


「では仕切り直して、坂の上の神社は解るかね? このあたりでは一つしかないと思うがね」
「はい、解ります。でもなぜその土産屋の店主は師匠にご飯をくれるんですかね?」
「良い質問だな。相手の言葉から自分なりに疑問を作って聞く事が良い聞き手の条件だぞ。さて、質問についてだが、私はお礼に暇な時間をその店の前で過ごすようにしているんだ。すると私をなでたり写真を撮ろうと多くの人が集まるのだ。人が集まれば土産屋は儲かる。そのおこぼれを貰っているのだよ。まあ、店主からしたら餌をやれば猫が寄りつくくらいにしか思ってないのかも知れんがね。そこはお互い様といったところだな」


「へぇ、それじゃ休日に見に行ってもいいですか?」
「ふむ、もちろんだとも。人がたくさんいるから会話の練習をしてみると良いだろう。ちなみに私はそこではしゃべらない普通の猫として振る舞うがな」
「い、いえ、それはまだ勇気が出ないので遠慮しておきます……」
「そうか。まあ、まだ今のままでは会話にならず、苦手意識だけが強くなってしまうからな。強制はせんよ。ところで、私は休日かどうかは土産屋の人の数でしか解らないのだが、次はいつが休日なのだね?」


まさかの質問だった。文字が読めない事もそうだが、師匠は予想外の事で知識が無い。野良猫なのだから仕方ないのだが、話し方や風貌から何でも知っているものと、つい勘違いしてしまいがちである。
「明後日です。二日後ですよ」
「ふむ。では続きはまた明日にしようかね。学は口下手と言うが受け答えはある程度できるようだな。だから明日は自分から会話を作り出す方法について教えるとするかね」
そう言うと窓から出て行った。