ぷるぷる大陸物語 第6話 ~寡黙な美食家の探求2(終)~
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「あの後、大変だったんだからねっ」
日を改めてアストリアの部屋を訪れると、まだ膨れていた。
そのうちパンのようにふっくらするかもしれない。
「しないから!」
そう言えば、心を読めるのを忘れていた。
プルニーの様子はどうだろう?
「すっかり魔法を覚えて得意げよ。今お風呂で特訓中よ。」
「そうか。」
俺は風呂場に行こうとした。
「ちょっ、ちょっと待って!!」
「なんだ?」
「お風呂場には見られたくない物があるの!分かるでしょ?」
「分からん。」
「下着よっ!」
そんなの俺は気にしないが。
パシッ
またしても平手を食らった。
今のは口に出してないから俺は悪くない気がする。
暫くゴソゴソしていたが、膨れながら出てきた。
「ん!」
奥を指さして " 行け " の合図をした。
遠慮なく見させてもらう。
プルニーはだいぶ上達していた。
ただ、水を出すだけなので攻撃力は全くない。アストリアの平手の方がよっぽど攻撃力がある。だが、俺はそれで満足だった。
ユエルドとトルキンエを呼び出し2度目のチェリート狩りに出かけた。
「何かあったの?」
トルキンエがこれまでとは違う俺達に気付いたようだ。
「ああ、プルニーが魔法を覚えた。」
俺は満を持しての重大発表をした。
「いや、そんな事じゃなくってさ。」
そんな事?
「何も無い!」
アストリアが膨れたまま「ふんっ」とそっぽを向いたので、その話は終わった。
プルニーが魔法を覚えるなんて、世界的な大発見だというのに、このお気楽3人衆は誰もその重大さに気付けていないようだ。
そして、先日とは異なる開けた場所を見つけた。
「よし、ここら一面に水を撒いてくれ。」
「・・・」
プルニーは無反応だった。
「どうやって?」
トルキンエが疑問に思うのも無理はない。プルニーの魔法を知っているのは俺とアストリアだけだ。
そして、俺がプルニーと会話できるのはアストリアの手を握っている間だけなのだ。
これは実は俺の奥の手なので、あまり使わない事にしている。
「アストリア、頼む。」
アストリアは更に膨れて俺をキッと睨むと、プルニーが水を撒き始めた。
「一体何があったのさ。」
トルキンエは少し楽しそうだ。
まったく。良く見ろよ。世界最弱と呼ばれたプルプルが魔法を使ってるんだぞ?
辺り一帯に水を撒き終えた後、物陰に隠れてチェリートを待った。
「ねえ、何があったの?」
ヒソヒソ声でまだ言っている。
来た。チェリートだ。
ぬかるんだ地面に警戒するかと思ったが、気にした様子も無く水を撒いた場所へ入ってきた。
先日と同じように中央付近まで来たところで弓を引いた。
ドスッ
矢は見事にチェリートを射抜いた。
全く逃げるそぶりも無く正面から矢を受けたのだ。
倒れた跡にはうっすら霧が立ち込めていた。
計画通りだ。
「どんな魔法を使ったの?」
トルキンエは目を丸くして驚いていた。今更な反応だが、まあ良しとしよう。
仕留めたチェリートは落ちこぼれ酒場に持って行ったが、「そんな高級肉を注文する奴はこの店にいない」と言われて断られた。分かっていた事だが、シケた店だ。
仕方無いので昔俺が一度だけ食べた事のある店へ持って行き、1万5千リポで売りつけた。
なかなかの収入だ。
「プルニーの魔法については教えてくれないのか?」
「普通の水を出すだけの魔法だ。」
「そんなはずないだろ?相手の魔法を封じるのか?」
ユエルドはプルニーの水が特殊な力を持っていると勘違いしているらしい。
そんな事は全然ないのだが、いちいち説明するのも面倒だ。
「報告資料でしっかり書くから、後でまとめて説明する。」
そう言って自分の部屋に帰った。
翌日、報告書が完成したので、お気楽3人衆を招集してから役所の門を叩いた。
こいつらを招集したのは、どうせスレイは実践してみると言い出すだろうと思ったからだ。
案の定、出かける事になったが、今回のスレイはそれほどテンションが高くなかった。
2度目だからか?
まあ、それは良いとしてスレイから渡された5個のバケツが気になる。
スレイは皆を先導してスタスタと歩いていく。まるでプルプール大森林の地図が頭に入っているかのようだ。実際ある程度は分かっているのかもしれない。
暫く歩くと少し開けた湖畔が見えてきた。
「さあ、皆さん。バケツで水を撒きましょう!」
スレイはプルニーを使わない気だ。
「そんな面倒な事しなくても、魔法で・・・」
「いえ、非魔術師でも狩れるという実証がしたいので、ご協力お願いします!」
皆もぶーたれていたが、とりあえず従った。
俺だって魔術師になってこんな作業をする事になるとは思いもしなかった。
ようやく辺り一面に水を撒けた頃にはみんなクタクタだった。
「しっかし、ここにチェリートが来るのか?」
そこにはチェリートが好む草は生えていない。
「ここはチェリートの水飲み場として知られています。必ず来ますよ。」
そう言って俺達が物陰に隠れた瞬間、チェリートの群れが現れた。
「ほらね、私たちが水を撒いていたから来なかったですが、ずっと喉が渇いていたのでしょう。」
そう言うとスレイは素早く弓を引いた。
その瞬間、シュゥという音と共に、辺りは酷い霧に覆われ視界が奪われた。
霧はすぐに晴れ、そこにはチェリートが1頭倒れていた。
相変わらず何をやらせても様になっている。ただのお役人とは違いそうだ。
「また、風が吹かなかった。」
トルキンエはチェリートの魔法を封じた事に驚いている。
「あれ?仲間には説明していないんですか?」
「ああ、面倒だったからな。」
「勿体ない。私から説明しましょう。チェリートは風を操っていた訳では無いようです。プルと呼ばれる何かを擦り合わせて地面の温度を急上昇させて・・・ねえハインツさん、プルって何ですか?」
「俺が名付けた。魔法の素だと思ってくれ。」
「はあ、分かりました。それで地面の温度が上がる事で上昇気流を発生させていたんです。だから水を撒く事で地面の温度が上がりきらず上昇気流が発生しなかったという事です。」
「なんで水を撒くと風が起こらないのさ?」
「いや、だから、水が熱を奪うので・・・」
「水って魔力を奪うの???」
トルキンエはいまいち分かっていないようだ。だから説明はしなかったのだ。
「トルキンエ、気にするな。水を撒くとチェリートが狩れる。それだけだ。」
「なるほどね。分かったわ。」
「えーっと。本当に分かりました?」
スレイは信じられないという目でトルキンエの事を見た。そこは、やはりお役人らしい。
「良いんだよ、分かる奴だけが分かっていれば。適材適所ってやつだ。」
俺は仕留めたチェリートを持ち上げて先を急いだ。
例えスレイが仕留めてもこれは俺達の収入だ。どうせお役人は王国から安定した給料をもらえるのだ。
「なんだ?この金額。」
役所に戻りスレイから渡された報酬の金額を見て、思わず唸ってしまった。
そこには1万リポと書いてある。
「桁を間違えていないか?チェリートは高級肉だぞ?」
「しかし、命に関わる問題ではありませんし、何度もやっていたらチェリートも警戒する筈です。しかも皆さんクタクタだと思いますが、5人でやっても結構重労働ですし。画期的かと言われると、ちょっと。」
な・ん・だ・と?
チェリート狩り専門の魔術師になろうとまで思っていたのに、この言い草。
だからチェリートはいつまで経っても流通量が少ないままなんじゃないのか?
「もしお気に召さなければ取り下げても構いませんよ。報酬を受け取らないなら私は他言しませんので、あなたが独占してお使いください。」
「・・・」
それはそれで、結構キツイ。
確かにスレイの言う通り、何度も使える訳では無いし、俺も別の動物の調査もしたいと思う。
「わかった。『今回は』1万リポで良いだろう。」
結局今回の収入はチェリート2頭で3万リポ、報告書で1万リポ、4人で割って・・・1人1万リポだ。
「そんな日もあるさ。」
ユエルドの優しさが心に刺さる。
「たった2回の治癒で10万リポ。バケツで水撒きして1万リポ。。。世の中厳しいぜ。」
「俺は弓に1万リポ払っているんだ。今回は無収入だ。」
「え?」
全員が俺を見た。
「そ、そういえば、ハインツさん、さっそくですがウリリー撃退法での事例が1件来ていますよ。これどうぞ。」
スレイはそう言って財布から1万リポを出して渡してきた。
絶対嘘だろう?
「それはハインツが貰っておけば?」
アストリアは相変わらず膨れっ面だったが、スレイの嘘が分かったらしい。
「そうね。それはハインツが貰うべきね。」
トルキンエもそんな事を言う。ユエルドは何も言わずどうぞという仕草だ。
哀れみか。絶対稼げるようになって見返してやる。
そう決意して、しっかりスレイのポケットマネーを受け取った。
皆と別れた後、サネアツに弓を返しに行った。
「これ、返すぜ。」
「なんだ?使いにくかったか?」
「別に。用が済んだからな。」
「持っとけよ。それはいつかお前が必要になると思って買っておいたんだ。300万リポもしたんだぞ。」
「な、なにボラれてんだ!?」
「俺がボラれる訳ないだろう。道具の目利きは誰にも負けねぇ。そいつは『風の奇跡』って呼ばれていてな。弓を作る専門の魔術師が作った物なんだが、その中でも最高傑作なんだとよ。軽くて女性でも扱いやすく良くしなるから、力が無くても鋭い一撃を放てる。しかも魔法が込められているからどんなに乱暴に扱っても決して壊れる事は無い。それを買った時この剣に叩きつけてみたが、剣は刃こぼれしたがその弓は傷一つついていない。」
見てみろよと剣を掲げたので俺はその剣に向けて弓を叩きつけた。
ボキッ
見事に剣が折れたが、弓は無傷だ。確かに凄い。
「あっぶねーな。お前は仲間と上手くやれてんのか?魔術の前に優しさを覚えろ。」
こいつの説教は聞き飽きた。俺はしっかり弓を持ち帰り退散した。
『風の奇跡』か。聞いた事はあるが、おとぎ話だと思っていた。
各時代の有名な戦士が愛用する武器にはそれぞれ『奇跡』と付けられ語り継がれている。『風の奇跡』は常に女性戦士が象徴として描かれていた。
トルキンエは治癒に専念して欲しいからな。アストリアか。
なぜか知らないが最近怒っているので乗り気はしなかったが、アストリアが持つべきだろう。
「なに?」
やっぱり膨れていた。
「これ持っておけ。」
そう言って『風の奇跡』を渡した。
「え?私に?ちょっと待って、1万リポ持ってくる。」
金はいらん。スレイから哀れみを受けたばかりだ。
「でも~」
「・・・ははっ。お前、すげー楽だな。」
口下手で言うのが面倒な俺にとって、思っただけで伝わるのはありがたい。
相手の動きを見極められるこいつが『風の奇跡』を持ったら百人力かもしれない。
「『風の奇跡』?そんな凄い弓だったの!?」
しらん。貰い物なんでね。
そう心の中でつぶやいてアストリアの家を後にした。