心に噺がおじゃましまっす!

心の端にそっと置いてもらえるような物語を目指して書いています。

会話研究部 第1話 ~出会い~


僕は公園のベンチに独りで座り、ぼーっとしていた。目の前にはきれいな夕焼けが広がっていた。その公園はとても小さく、ベンチ以外には雑草が生い茂った砂場と苔の生えた土管が横たわっているだけだった。
僕はその公園を勝手に『ぼっち公園』と名付けていた。訪れる人が誰も居なくて、いつもひっそり佇んでいて、僕に似ていると思ったからだった。
学校帰りだったが、僕はまだ家に帰る気分ではなかった。なぜかというと、今日の帰りのホームルームで担任の先生が入部希望を明日までに提出するようにと言っていたからだった。僕の入った高校は部活動に力を入れようとしているらしく、特にどこの部も有名な訳でもないのに、100%の入部率を強制していた。
普通の人ならそれほど悩むことでもないのかもしれないけれど、口下手な僕にとってかなりの難題だった。

帰宅部でも許される部を探りたかったのだが、そもそも部室の中に入るという勇気すら出ず、ついに提出期限直前になってしまったのである。このまま提出しないでいると、担任の先生が顧問をしている合唱部に強制入部させられるらしい。
いかにも大変そうなので、それだけは絶対に避けたいと思った。
口下手をこじらせて、とにかく声が小さい僕にとって歌を歌うという行為自体、地獄であることは言うまでもなかった。

そんなことを考えていると、いつからいたのか、猫が僕の隣に座っていた。
「何か悩みでもあるのかね?」
僕は突然の声にきょとんとしていた。
「驚くのも無理はないな。私自身なぜしゃべれるのか聞かれても、よくわからんのでね」
どうやら目の前の猫がしゃべっているようだった。もともと口下手なうえにパニックになった僕は固まったまま何も言えずに黙っていた。

「何か悩んでいるようだったが、私でよければ聞いてやるぞ」
猫はそういうと目を細めてじっと私の顔を見つめていた。ずいぶん長い間僕たちは見つめ合ったままだった。
「えっと……」
ようやく発した言葉がそれだけだった。
「ふむ」
猫はそれだけ言ってまた黙った。ずっと僕の言葉を待っているようだった。

「部活の希望を出さないといけないんです」
僕はなんとか自分の悩みを言葉にしてみたのだが、普通の人には悩みでも何でもない事だということに言った後気づいた。
「そうか」
猫はまだ続きがあるだろうというように、また目を細めて僕の言葉を待った。

「僕は部活なんて入りたくないんです」
本当に言いたかったことがようやく言えたと思った。
「そうか」
猫はそう言うと、考え込むように目を閉じた。

しばらくしてから目を開けてこう言った。
「なぜ、部活に入りたくないのだね?」
おそろしく的確で、僕にとっては痛いところをつかれた気分だった。
「それは……」
「言いたくないかね? そうか。他人と会話するのが苦手かね?」
僕の心の声が聞こえるのではないかと思った。
「君と少し話すればそのくらいのことはわかる。何も不思議なことではないね」
「はい……」
僕は返事をするのが精一杯だった。

「それなら自分で部活を作ってしまえば良い。自分一人なら嫌なことはないだろう?」
「えっ!?」
僕は絶句した。部活を自分で作るなんて大それた事、考えもしなかった。
「でも、何の部活を作ったら良いか……」
あの学校は部活動に力を入れ始めたばかりだが、僕が想像するような部活はほとんどあるのだ。同じ部活を作るなんてできるはずもない。そもそも僕にはやりたい事なんてない。

「会話研究部なんてどうかね? 見たところ君はその事で悩んでいるようだし、会話について研究したら君の口下手も治るだろう。それに、『会話研究部』なんて無いだろう? 私は聞いたことがないが、どうだね?」
会話研究部? なんだそれ? いったい何をすれば良いのだろう? しかし、確かにそんな部はまだあの学校には無かった。
「確かに僕の通う学校に『会話研究部』なんて無いですが、いったい何をする部なんですか?」
「その名の通り、会話を研究したら良いだろう。私が知っていることは教えてあげよう。君が部活をしている時間は私も部室に入れてくれたまえ」
「はい。そういうことなら……よろしくお願いします」
猫に会話について教わることになるなんて想いもしなかった。しかし、その猫は僕の悩みを見事に解決してしまったのだ。もしかしたらこの猫に教わったら口下手が治るかもしれない。そんな淡い期待すらしてしまった。

「ところで、名前はなんと呼べば良いですか?」
「私は野良猫だから名前なんてないが、昔『師匠』と呼ばれていたことがあるな。まあ、好きに呼んでくれたら良いさ」
「はい。それじゃ僕も『師匠』と呼ばせてもらいます」

「君はなんというんだい?」
「僕は『滝沢学』です」
「ふむ。ところで学はお小遣いはもらっているのかい?」
「え? あ、はい」
「時々で良いので、刺身などもらえるとありがたいのだが」
「はい。買っていきます」
「それともう一つお願いがあるのだが、私がしゃべれるということは他の人には言わないでおいてくれるかい? 騒がれると面倒なのでな」
そんな交換条件を提示された。もちろん僕だって騒がれるのは嫌なので言うことはないだろうなと思い了承した。
こうして、なんとか僕は高校生活初の危機を脱しようとしていた。


次の日、
「新しい部活を作るなんて、やる気があって素晴らしい!」
とまで言われて部活新設の話はすんなり通った。
放課後、あてがわれた会話研究会の部室へ行ってみた。
そこは部室棟一階一番奥の部屋で最後の空き部屋だったようだ。
部屋の鍵を開けて中に入ると教室にあるのと同じ机と椅子が6セット乱雑に置かれていた。ドアと反対側に窓があったが、そこに大きな木が立っていて部屋は薄暗かった。しかし、僕は外から見えにくくなっていることがとても気に入った。しばらく使っていなかったせいか埃っぽかったので、窓を開けると、師匠が待っていたかのように入ってきた。
ここから僕の高校生活が始まるのだと思うと、始業式よりもわくわく・どきどきとした何とも言えないむずがゆい気分だった。