心に噺がおじゃましまっす!

心の端にそっと置いてもらえるような物語を目指して書いています。

会話研究部 第5話 ~休日の師匠と僕~


朝ご飯を食べてすぐに僕は家を出た。坂の上の神社へ行くためだ。そこの神社は昼になると人がごった返すのでなるべく早めに行きたかった。せっかく神社に行くので少しばかりの小銭と本を持った。今日は見事な五月晴れだった。今日もたくさんの人が神社を訪れるのだろう。


神社につくとさっそくお参りをした。これと言って願い事が無いのでとりあえずお賽銭を入れて手を合わせるだけだ。それが済んだら土産屋に行ってみた。土産屋はまだ閉まっていたが、師匠は既に土産屋の前に陣取っていた。きっと師匠の定位置なのだろう。とても馴染んでいた。


「師匠、おはようございます」
師匠に挨拶したが、当然師匠は外では話さない。それは解っていたので特に気にせず、しばらく土産屋を眺めていた。すると土産屋から店主が出てきた。


「おや、ずいぶん早いお客だね。では店を開けるとするかね」
ふいに話しかけられた言葉が師匠に似ていたので師匠に話しかけられたのかと思ったが土産屋の店主だった。僕が呆気にとられていると、
「どうしたのかね?」
「いえ、別にその……」


「まあ、買わなくても構わんよ。客が一人でも店に入っていると他の客が入りやすいものなんだ。ひやかしで良いから他の客が来るまで私の話し相手になってくれんかね?」
「え、はい……」
「君はこのあたりに住んでるのかね?」
「はい」


「猫が目当てかね?」
「ええ、まあ……」
「猫のことはどこで知ったのかね?」


その質問には答えられない、と思った。
師匠に聞いたなんて言えるわけもなく、それをうまくぼかす言葉も見つからなかった。
「ふむ、最近雑誌の取材があってね。この店の事が有名な雑誌に載ったらしいのだよ。その効果だと思ったのだが違ったようだね」
「すみません。その雑誌は見ていません」
「そうかね」


店主は少し残念そうだったが、すぐに気を取り直して話しかけてきた。
「君、甘いものは好きかね?」
「いいえ、それほど好きではないです」
「そうかね。それなら土産をもらうならどんなものが嬉しいかね?」
「えーと」
難しい質問だった。お土産と言えばほとんどが甘いもので自分が嬉しいと思ったことが無かったのだ。だからと言ってキーホルダーのような小物ばかりもらっても使いどころもなく捨てることもできず、困るのだった。


「甘いものが苦手な人に何を土産に持って行ったら喜ぶのか興味あるな。前に来たお客さんにも聞かれたことがあったのだよ」
「そうですか」
うーん、どうしよう。ここは何か無難な答えを出さないといけない雰囲気だ。


「小物はどうかね? これなんか良いと思うのだが」
それはさっき困るもの代表で思い浮かんだキーホルダーだった。しかしそれが良いと言うことの方がこの話題を無難に終わらせられると思った。
「そ、そうですね」


心にもないことを言ったせいでついかんでしまった。店主はそれに気付いたようだ。
「あまり気に入らんかね?」
「そんなことはないですよ。きっと喜ばれるかと」
「ふむ、まあ必要としていない人にしてみたら処分に困るものかもしれないな。もし他に良いものが思い浮かんだら教えてくれると嬉しいな」


「はい。近くに住んでるのできっとまた来ます。師匠もいますし」
「師匠? 誰だね?」
「あ……。何でもないです」
「ふむ、そうかね。そう言えばそこの神社は学問の神様で有名なんだ。君もお参りしてみてはどうかね?」
「はい」
既にお参りしたと言うと、また話が長引きそうだったのでつい返事をしてしまい、そのまま帰るのもおかしかったので本日2度目のお参りをすることになった。
その後、近くの公園で本を読んでいると師匠が隣に来た。きっとさっきの会話で何か言いたい事があるのだろうと思うのだが、何も言わずにそこで寝ていた。
しばらくすると観光客らしき人が来て師匠に近づいて来たので、僕はそっとその場を離れることにした。そしてその日、僕は図書館で本を読んで過ごした。


次の日も、本を読みながら甘いものが苦手な人が喜ぶお土産の品について考えていた。そして、夕方になってから僕は師匠のいる土産屋へ向かった。
「師匠、明日からまた学校が始まります」
この事を伝えるためだけに。

会話研究部 第4話 ~会話発生原理~


明日は高校入学して2度目の週末ということもあり、新しい友達ができた人たちはなにやら遊びに行く話で盛り上がっていた。もちろん僕はそんな事とは無縁で、そそくさと部室へ向かった。


部室へつくといつも通り窓を開け師匠を出迎えた。
「今日は週末だったな。学は友達と約束は無いのかね?」
「僕は師匠の休日を見に行く予定がありますよ」
「ふむ。別に友達ができたら私なんかを構っていなくても良いからな。学が来なくても私はこの部屋の外で昼寝してるのでな。まあ良い。今日は会話の発生原理について話をしよう」


「なんですか、それ」
「解らんかね? 私が解りやすいと思って考えたネーミングだったんだがね。要は会話を始めるきっかけとでも思ってくれたまえ。学は会話のきっかけはどんな事から生まれると思うかね?」
「何か特別な事が起こったときだと思います」
「ふむ。確かに特別な事が起これば話したくなるな。しかし、それだけではないだろう? 日常の何でもないような会話はどんな時に発生するかね?」
「正直わかりません」


「感情だよ。人は感情が動いたときに会話をするんだ。さっき学が言った特別な事が起きたときは特に大きく感情が動くだろう? 特別な事が起こらなくても感情は常に動くものだ。今私の言葉を聞いている間にだって、学の感情は動いているはずだ。例えば私の言葉に共感できるのか、反論したいのか、それとも疑問に感じるのか、それらすべてが感情の動きなんだよ」
「でも、それは師匠と会話をしているから感情が動いているんじゃないですか? 僕はじっとしゃべらずにいるときは、特に会話のきっかけをみつけられません」


「そうか、それなら練習だ。この部屋に初めて入ったとき何か思わなかったかね?」
「一番奥の部屋で大きな木があって、隠れ家みたいで気に入りました」
「それが感情の動きだよ。感情が動いた時もし独りで話し相手がいなかったのなら、後になってから話せばいいだろう。私に対してでも親や友達に対してでも誰でも良いんだ」


「確かにそうですが、それは特別な事ですよね」
「そうだな。しかし、天気や季節やその日の気分で変わるだろう? 暑かったり寒かったり憂鬱だったり上機嫌だったりいろいろな。1日として同じ日は無いのだよ。私は毎日が新鮮で感情が動きっぱなしだがね」
「そうですね。でもそれで話のきっかけを作っても自分の話はできますが、それでは聞き手としてはダメだと思います」
「そんなことはないぞ。自分の感情の動きを相手に伝えれば相手の感情も動くものだ。相手の感情を動かせれば当然聞き手になることもできるだろう。例えば、私は犬が嫌いなのだが、学はどうかね?」


「好きですよ。なぜ嫌いなんですか?」
「あれはすぐに吠えてくるし、猫を見つけるとなぜか追いかけてくる。私たちを遊びの道具としか見ていないのだろう。あれはいかん」
「なるほど。確かに猫にとっては困った事ですね」
「どうだね? 今私は私の感情を学に伝えただけだったが、それで学は感情が動いただろう?」
「確かに、僕はついさっきまで犬について特に考えてもいなかったですが、今は猫から見た犬についてという新鮮な角度で考えていますね」


「このように、お互いの感情を動かし続けることが会話なのだよ。では、次はテーマ設定だ。前にも言ったと思うが、会話にはテーマが必要なんだ。会話が上達すれば自然にテーマ設定ができるものだが、まずは意識的に作ってみると良いだろう。さっきの私の話にはまだテーマが設定されていなかったのだが、そこから先はいくつかの選択肢があったのは気付いたかね?」


「師匠が犬が嫌いという話ですか?」
「そう、私が犬が嫌いな理由もテーマ設定の選択肢の一つだが、他にも学の犬に対する想いについてテーマ設定しても良いし、更に他の動物の好き嫌いについてテーマ設定することだってできる」
「なるほど。その中から僕は1つを選んだ訳ですね」
「そして、話の途中であっても好きな時にテーマは変えて構わないんだ。話しているテーマで話が尽きそうだったら別のテーマに変えればより長く話ができるだろう。だから、話し始める前にいくつかテーマを思い浮かべておくとよい。もちろん、相手の言葉から別のテーマが浮かぶこともあるがな」


なるほど、僕はいつも会話は受け身だったので気付かなかったが、誰かがテーマを決めて話してくれていたんだ。会話のきっかけもテーマも作らなければ確かにすぐに会話が止まってしまうからつまらない人と思われてもしかたない。


「にゃ!」
「どうしました?」
「私は帰る! 明日は休日だったな。ではまたいつか会おう!」
そう言うといつもより急いだ感じで出て行ってしまった。いつも気にしていなかったけれど、何時頃師匠はここをでるのだろう。この部屋に時計を置かなければと思った。
そして、「またいつか会おう」という言葉も気になった。休日がいつ終わるのかもわかっていないのかもしれない。日曜日になったら休日が終わることを伝えなければ来てくれない気がした。

会話研究部 第3話 ~良い聞き手とは~


今日も部室の窓を開けると師匠が入ってきて授業が始まった。
「さて、昨日は無口と聞き手は違うという話までだったな。では、今日は良い聞き手とは何かについて話そうかね。そう言えばまだ学とは呼び方以外あまり話したことはなかっただろう。手始めにテーマを私についてで学は聞き手としてやってみるんだ。私は話し手の役をやるから学が良い聞き手として会話を続ける練習だ」
それはちょうど良い。昨日師匠はどこでご飯を食べているのか聞いてみたいと思ったところだ。


「では質問があります。師匠はどこでご飯を食べているんですか?」
「猫好きな人からわけてもらったり、自分で狩りをしたりいろいろだ」
なるほど。確かに野良猫に餌やりしてる人を見かけたことがある。きっと昨日も決まった時間に餌やりしてる人のところへ行ったのだろう。


「さて、学。今黙り込んで考え事をしていたな?」
「え? あ、はい」


「それでは良い聞き手にはなれないんだよ。良い聞き手とは、相手の応えに対して更に質問を続けるんだ。例えば、さっき私の応えに対してどんな感想を持ったかね?」
「昨日も誰かにご飯をもらうために帰ったのかな? と思っていました」
「それを質問文にして私に言うとどうなる?」


「えっと、昨日急いで帰ったのも誰かにご飯をもらうためだったんですか?」
「そうだな。坂の上の土産屋の店主が決まった時間に餌やりしているのでありがたく頂戴しているんだ」
思った通りだった。別に聞くまでも無かったような気がした。


「学? 今思った通りで聞くまでも無いことだったと思ったな?」
「師匠は僕の心も読めるんですか?」


「いやいや、そんなことはできんよ。ただ、学は相手の言葉に対してすぐに考え込む癖があるだろう? その時に考えて至った結論は確かに正しいかもしれない。しかし、それでは会話にならんのだよ。せっかく目の前に応えを持っている相手がいるんだから相手の言葉に対して更に質問を続けるんだ」


「でも……」
「ふむ。なにかね?」


「でも、聞かなくても解るようなことを聞いても意味がないと思いませんか?」
「そんなことはない。解りきっている質問でもその返事に次の会話のネタが詰まっているんだ。例えば、私の返事で何か思わなかったかい? わざとひっかかりそうな新しい情報を入れたつもりだったんだがね」


「あ、坂の上の土産屋ってどこですか?」
「そう、そのように話が続くだろう? だから解りきった質問だったとしても聞く意味が無いなんて事はないんだよ。ちなみに土産屋は神社の前の小さなお店だ。店の名前は知らんがな。私は話はできても字は読めないのでな」
字が読めないのは意外だった。これだけ話ができるのだから字を読むくらいできると思っていた。しかし、別に店の名前や神社の名前は聞くまでもなく、このあたりで坂の上の神社といえば、一つしかなかった。


「また考え込んだな。会話は思ったことを口にすることが基本だ。会話はスポーツだと思いたまえ。少しでもタイミングを逃したらその言葉の球はどこかへ飛んでいってしまうぞ」
「あはは、名言ですね。スポーツだと思うと、確かに考え込んでいる隙を作ってはダメですよね」
会話をスポーツと例えるなんて、僕には新鮮すぎて面白かった。


「では仕切り直して、坂の上の神社は解るかね? このあたりでは一つしかないと思うがね」
「はい、解ります。でもなぜその土産屋の店主は師匠にご飯をくれるんですかね?」
「良い質問だな。相手の言葉から自分なりに疑問を作って聞く事が良い聞き手の条件だぞ。さて、質問についてだが、私はお礼に暇な時間をその店の前で過ごすようにしているんだ。すると私をなでたり写真を撮ろうと多くの人が集まるのだ。人が集まれば土産屋は儲かる。そのおこぼれを貰っているのだよ。まあ、店主からしたら餌をやれば猫が寄りつくくらいにしか思ってないのかも知れんがね。そこはお互い様といったところだな」


「へぇ、それじゃ休日に見に行ってもいいですか?」
「ふむ、もちろんだとも。人がたくさんいるから会話の練習をしてみると良いだろう。ちなみに私はそこではしゃべらない普通の猫として振る舞うがな」
「い、いえ、それはまだ勇気が出ないので遠慮しておきます……」
「そうか。まあ、まだ今のままでは会話にならず、苦手意識だけが強くなってしまうからな。強制はせんよ。ところで、私は休日かどうかは土産屋の人の数でしか解らないのだが、次はいつが休日なのだね?」


まさかの質問だった。文字が読めない事もそうだが、師匠は予想外の事で知識が無い。野良猫なのだから仕方ないのだが、話し方や風貌から何でも知っているものと、つい勘違いしてしまいがちである。
「明後日です。二日後ですよ」
「ふむ。では続きはまた明日にしようかね。学は口下手と言うが受け答えはある程度できるようだな。だから明日は自分から会話を作り出す方法について教えるとするかね」
そう言うと窓から出て行った。

会話研究部 第2話 ~会話とは何か~


「ではさっそく授業を始めるとするかね」
師匠は僕が用意しておいた座布団の上にちょこんと座ると僕の目を見て話し始めた。
「さて学よ、そもそも会話とは何か分かるかね?」
いきなりおおざっぱな質問だった。なんだろう? そう言われると分かっているようでもうまく説明できない。


「人と人とが話をすることじゃないでしょうか?」
僕はできる限り正解に近い常識的な事を答えた。
「うむ、そうだな。一人では会話とは言わないだろう。まあ、ぬいぐるみやペットなどを相手に一方的に話すタイプの会話もあるが、それでも当然相手がいることに代わりはない。このように、相手がいる状態で言葉を交わす事が会話だな。では、会話の目的は何だと思うかね?」


う~~~ん? またまたざっくりとした抽象的な質問に僕は頭を悩ませた。
「たぶん、何かを伝える事が目的じゃないでしょうか?」
「そうだな。その伝える何かは時と場合によって異なるが、伝えるというのは半分正解だ。だがもう半分が足りない。もう一つは何だと思うかね?」
伝える以外のもう半分? ちょっと分からなくなってきた。


「ふむ、ではヒントだ。会話は相手が居ないと成立しないというのはさっき言ったとおりだが、二人若しくは複数人で行う行為だな。そして、伝える目的を持った人が伝えている時、他の人は何を目的にしているかね?」
「あ! 今の僕と同じですね。伝えようとしている内容を聞いて理解する事を目的としています」
「正解だ。これが会話の基本だな。このことからも分かるように会話は『話し手』と『聞き手』が必要なんだ。しかし、これだけでは会話は成立しない。もう一つの重要な要素は『テーマ』だ。話し手の伝えたい事若しくは聞き手の知りたい事が『テーマ』になるんだ。すべての会話にはこの三つの要素が必要になる」


「そんな堅苦しいのではなくて、もっと普通に話したいんですけど……」
「いや、違うぞ。普通の会話の中にも『話し手』『聞き手』『テーマ』が存在しているんだ。では試しに普通の会話をしてみようか。学は今日のお昼は何を食べたんだい?」
「おそばを食べました」
「ほう、それはうまそうだ。私も食べたいな。ところで、どこで食べたんだい?」
「学食で食べました」


「まあ、このくらいにしておくか。では、この会話の『テーマ』は何だったかね?」
「僕の昼食についてでした」
「そうだね。たったこれだけの会話にもテーマが存在するんだ。では、『話し手』は誰だったかね?」
「師匠でした」
「残念、不正解だ。『話し手』は伝える側だから学だよ。私は学の昼食について知りたい側だから『聞き手』になるんだ」
「でも、師匠の方が話している気がしました」
「良いところに気がついたね。聞き手であっても話はするんだ。それが会話ってものなんだ。口下手な学には聞き手の練習をお勧めするよ。きっと良い聞き手になれると思うね」
「聞き手なら今までと変わらないんじゃないですか?」
「無口と聞き手は全く違うぞ。うむ、しかしもう暗くなってきたな。続きは明日にしよう。私も早く夕飯を食べに行かねば逃してしまうのでな」
そう言うと窓からさっと出て行ってしまった。そう言えば師匠はどこでご飯を食べているのだろう? 明日聞いてみようと思った。

会話研究部 第1話 ~出会い~


僕は公園のベンチに独りで座り、ぼーっとしていた。目の前にはきれいな夕焼けが広がっていた。その公園はとても小さく、ベンチ以外には雑草が生い茂った砂場と苔の生えた土管が横たわっているだけだった。
僕はその公園を勝手に『ぼっち公園』と名付けていた。訪れる人が誰も居なくて、いつもひっそり佇んでいて、僕に似ていると思ったからだった。
学校帰りだったが、僕はまだ家に帰る気分ではなかった。なぜかというと、今日の帰りのホームルームで担任の先生が入部希望を明日までに提出するようにと言っていたからだった。僕の入った高校は部活動に力を入れようとしているらしく、特にどこの部も有名な訳でもないのに、100%の入部率を強制していた。
普通の人ならそれほど悩むことでもないのかもしれないけれど、口下手な僕にとってかなりの難題だった。

帰宅部でも許される部を探りたかったのだが、そもそも部室の中に入るという勇気すら出ず、ついに提出期限直前になってしまったのである。このまま提出しないでいると、担任の先生が顧問をしている合唱部に強制入部させられるらしい。
いかにも大変そうなので、それだけは絶対に避けたいと思った。
口下手をこじらせて、とにかく声が小さい僕にとって歌を歌うという行為自体、地獄であることは言うまでもなかった。

そんなことを考えていると、いつからいたのか、猫が僕の隣に座っていた。
「何か悩みでもあるのかね?」
僕は突然の声にきょとんとしていた。
「驚くのも無理はないな。私自身なぜしゃべれるのか聞かれても、よくわからんのでね」
どうやら目の前の猫がしゃべっているようだった。もともと口下手なうえにパニックになった僕は固まったまま何も言えずに黙っていた。

「何か悩んでいるようだったが、私でよければ聞いてやるぞ」
猫はそういうと目を細めてじっと私の顔を見つめていた。ずいぶん長い間僕たちは見つめ合ったままだった。
「えっと……」
ようやく発した言葉がそれだけだった。
「ふむ」
猫はそれだけ言ってまた黙った。ずっと僕の言葉を待っているようだった。

「部活の希望を出さないといけないんです」
僕はなんとか自分の悩みを言葉にしてみたのだが、普通の人には悩みでも何でもない事だということに言った後気づいた。
「そうか」
猫はまだ続きがあるだろうというように、また目を細めて僕の言葉を待った。

「僕は部活なんて入りたくないんです」
本当に言いたかったことがようやく言えたと思った。
「そうか」
猫はそう言うと、考え込むように目を閉じた。

しばらくしてから目を開けてこう言った。
「なぜ、部活に入りたくないのだね?」
おそろしく的確で、僕にとっては痛いところをつかれた気分だった。
「それは……」
「言いたくないかね? そうか。他人と会話するのが苦手かね?」
僕の心の声が聞こえるのではないかと思った。
「君と少し話すればそのくらいのことはわかる。何も不思議なことではないね」
「はい……」
僕は返事をするのが精一杯だった。

「それなら自分で部活を作ってしまえば良い。自分一人なら嫌なことはないだろう?」
「えっ!?」
僕は絶句した。部活を自分で作るなんて大それた事、考えもしなかった。
「でも、何の部活を作ったら良いか……」
あの学校は部活動に力を入れ始めたばかりだが、僕が想像するような部活はほとんどあるのだ。同じ部活を作るなんてできるはずもない。そもそも僕にはやりたい事なんてない。

「会話研究部なんてどうかね? 見たところ君はその事で悩んでいるようだし、会話について研究したら君の口下手も治るだろう。それに、『会話研究部』なんて無いだろう? 私は聞いたことがないが、どうだね?」
会話研究部? なんだそれ? いったい何をすれば良いのだろう? しかし、確かにそんな部はまだあの学校には無かった。
「確かに僕の通う学校に『会話研究部』なんて無いですが、いったい何をする部なんですか?」
「その名の通り、会話を研究したら良いだろう。私が知っていることは教えてあげよう。君が部活をしている時間は私も部室に入れてくれたまえ」
「はい。そういうことなら……よろしくお願いします」
猫に会話について教わることになるなんて想いもしなかった。しかし、その猫は僕の悩みを見事に解決してしまったのだ。もしかしたらこの猫に教わったら口下手が治るかもしれない。そんな淡い期待すらしてしまった。

「ところで、名前はなんと呼べば良いですか?」
「私は野良猫だから名前なんてないが、昔『師匠』と呼ばれていたことがあるな。まあ、好きに呼んでくれたら良いさ」
「はい。それじゃ僕も『師匠』と呼ばせてもらいます」

「君はなんというんだい?」
「僕は『滝沢学』です」
「ふむ。ところで学はお小遣いはもらっているのかい?」
「え? あ、はい」
「時々で良いので、刺身などもらえるとありがたいのだが」
「はい。買っていきます」
「それともう一つお願いがあるのだが、私がしゃべれるということは他の人には言わないでおいてくれるかい? 騒がれると面倒なのでな」
そんな交換条件を提示された。もちろん僕だって騒がれるのは嫌なので言うことはないだろうなと思い了承した。
こうして、なんとか僕は高校生活初の危機を脱しようとしていた。


次の日、
「新しい部活を作るなんて、やる気があって素晴らしい!」
とまで言われて部活新設の話はすんなり通った。
放課後、あてがわれた会話研究会の部室へ行ってみた。
そこは部室棟一階一番奥の部屋で最後の空き部屋だったようだ。
部屋の鍵を開けて中に入ると教室にあるのと同じ机と椅子が6セット乱雑に置かれていた。ドアと反対側に窓があったが、そこに大きな木が立っていて部屋は薄暗かった。しかし、僕は外から見えにくくなっていることがとても気に入った。しばらく使っていなかったせいか埃っぽかったので、窓を開けると、師匠が待っていたかのように入ってきた。
ここから僕の高校生活が始まるのだと思うと、始業式よりもわくわく・どきどきとした何とも言えないむずがゆい気分だった。

 

ぷるぷる大陸物語 第15話 ~取り戻した平穏~

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「ねえ、ハインツ」
隣に座っていたアストリアが不意に口を開いた。

「買ってもらった矢、使い切っちゃった」
何を言い出すのかと思ったら、矢の催促か。
アストリアは素早く何本もの矢を撃つ事が得意だから、無くなるのも早いのだろう。
トルキンエの魔法で矢を出せれば残数を気にする必要も無くなるな。

 

「ハインツって昔からあんな感じだったんですか?」
「あんな感じ? 何か失礼な事でもしましたか?」
「いえっ、あのっ、失礼とかじゃないんですが……」
「ああ、すみません。あの子は物心付く前に親を亡くしていますので、あまり主張しない子だったんです。だから、遠慮しないように接してきたつもりなんですが」
「アキツネは甘やかしすぎだ。叱る時は叱らなきゃいけねぇ」
「あははっ。まあ、優しいところもあると思いますよ」
「あー! 矢のプレゼントは笑ったな~」

隣の部屋の笑い声で目が覚めた。もう昼過ぎのようだ。
どうも一仕事終えた次の日は昼まで起きられないらしい。
目が覚める前の会話も微かに覚えている。
夢とリンクしたような不思議な感覚だ。
……そんなに矢は悪かったのか?

「あ、ハインツ起きましたよ」
アストリアの声だ。
あんな感じとはどんな感じだ?
『ひぇ? なんのこと?』
こいつ、俺が寝てると思って油断しやがったな。

俺はガラリと引き戸を開けて顔ぶれを見た。
アキツネとアストリアとトルキンエが丸机に座って話していた。
サネアツはいつもの定位置である自分の机に向かっている。
ユエルドは少し離れたところで座っていた。

「スレイとガーラは?」
「黄龍団の方々とスレイさんは一足先に帰ったよ」
アキツネが残念そうに言った。
こいつは他人をもてなす事が好きだからな。

もてなすと言ってもこんな小さな村では、たいした事はできない。
今もアストリアとトルキンエの前には無造作に木の実が転がっていた。
これは村では一般的なおやつだ。

アストリアの前にある木の実を適当にわしづかみして口に放り込んだ。
「あっ、私の~」
「ふん、こんなの欲しけりゃいくらでも出てくる」
俺はボリボリと木の実を噛み砕きながら他の食い物を探し始めた。
言っている間にアキツネが追加の木の実をこんもり盛ってきた。
「ささっ、まだまだありますよ」
「わ~い」

どうせ3日で飽きるけどな。
と思った時、俺は凄い光景を見た。プルニーが木の実を食べたのだ。
プルプルは空気中の微生物を食べて生活しているのだと思っていた。
それほどプルニーが何かを食べるという事が無かったからだ。
アストリアに聞いても何も食べようとしないと言っていた筈だ。

『おい、プルニー。それ食って平気か?』
『うん! おいしー!』
俺はすかさずアストリアの手を握って確認したが、問題なさそうだ。
魔法を使っていたからエネルギーが必要になったのか?
プルプルの生態は謎だらけだ。

「なあハインツさ。前から思ってたんだけど、なんで唐突にアストリアの手を握るのさ?」
トルキンエが不思議そうな顔をしていた。
あれ? 言わなかったか?
「俺は相手の体に触れると一時的にそいつの魔法を使えるようになるんだ。奥の手だから誰にも言うなよ」
「そうなのか!? じゃあ、治癒はお前に任せたっ!」
「いや、何でも完璧にできるわけじゃない。俺にも得手不得手があるからな。お前の治癒魔法は相性が悪い」
「なーんだ。使えねぇな」
「使われる気はねぇな。それよりトルはこれから特訓だ」
「なんで私だけ。なにさせる気だよ?」
「壁だけじゃなく、矢を作り出せるようになれ。そうすればアスが無限に攻撃できるだろ」
「また買ってやれば良いだろ? ぷっ、ふはははっ」
こいつ、思い出し笑いしやがった。
「お前……」
俺は怒りを覚えた。
「あーあ、あんたハインツ怒らせたな? あいつ怒ると厄介だぞ?」
サネアツがなんか言っているが、もう手遅れだ。後悔するがいい。

俺は自分の部屋からスケッチブックとペンを取り出しトルキンエの前に放り投げた。
「お前にプレゼントだ。良い絵を描けよ?」
「ぬ……」
「あんた絵を描くのか?」
「そこ、聞くんじゃねーよ」
トルキンエがサネアツの頭を小突いた。
「あー、描けないのか?教えてやろうか?」
アストリアとユエルドとアキツネもじっとトルキンエを見ている。
「言っておくが、この村は手先が器用な人間ばかりだ。絵を描けない奴なんて1人もいねぇぞ。他人を笑い者にする奴には一番効果的な仕返しだろ? ざまーみろ。分かったら他人を笑ってねぇで矢を作る練習しとけ」
俺は言い捨てて外へ出た。


俺はいつものようにお気に入りの場所へ行って考え事をしていた。
暫くするとサネアツが隣に来た。
「落ち着いたか?」
「なあ、鉄兜作ってくれ」
「そんな物何に使うんだ?」
「攻撃する道具が悪いんだろ? やっぱり贈り物は身を守る物だよな」
「……分かった」
サネアツは頷いて去って行った。


暗くなってきたので俺も家に帰る事にした。
途中、アストリアとトルキンエが特訓していた。
トルキンエの作る矢はまだまだ歪でうまく飛ばないらしい。

家に帰ってみると俺が放り投げたスケッチブックにたくさんの矢の絵が描かれていた。
上手い方はサネアツかユエルドが描いたのだろうか?
こっちの歪な方がトルキンエの絵だな。サインが無くても分かる独特な絵だ。
本当はアストリアの魔法を使って俺のイメージを流し込めばすんなり作れるようになると思っていた。
アストリアはやはり自分の魔法を、言いづらい言葉を伝える時に使う程度にしか考えていないのだろう。
まあ、少し放っておこう。頑張れ。

「ハインツ受け取れ」
サネアツが突然何かを投げた。
それを掴んで見てみると、髪飾りだった。
これは村の民芸品だ。
手先が器用なプルプット村で作られる髪飾りはプルプール王国では結構人気があり、少し高価なアクセサリーとして知られている。
しかもこの村で一番器用なサネアツの作った髪飾りだ。
俺は髪飾りの相場を知らないが、かなりの値段で売れるのだろう。

「なんだ?軍資金をくれるのか?」
「いや、鉄兜の代わりだ」
「どうしたサネアツ。鉄兜と髪飾りの違いも分からなくなったか? これじゃ身を守れないじゃないか」
「大丈夫だ。良いからそれを渡せ」
サネアツはそれだけ言うと奥に行ってしまった。
何を考えているのか全く分からない。


依頼していた物とは全く違うが、かなりの完成度だ。
俺は特訓中のアストリアとトルキンエのところへ行った。
まだまだ矢は歪で飛ばない。
「アス、これ受け取れ」
「え?」
アストリアは受け取った髪飾りを見て驚いていた。
驚くのも無理はないだろう。こんな実用的でない物を貰っても使いどころに困るだけだ。
「サネアツに鉄兜を作ってくれと言ったらそれになった。王国に戻ったらちゃんと鉄兜を買ってやる」
「え~と、髪飾り、嬉しいよ? 鉄兜は……いらないかも」
「なんだと?」
サネアツの方が正しいとでも?
ゴーレムの正体がチュラットだった事よりも驚いた。
トルキンエは向こうを向いてしゃがんでいたが、肩が震えている。
どうせまた笑っているんだろ?

「あのね、ハインツ。そんな事よりも言わなきゃいけない事があるの。『風の奇跡』はこの村の人がみんなでお金を出し合って買ってくれた物だったみたい。聞いた訳じゃないけど、心の声が聞こえちゃって」
「そうか」
『風の奇跡』とは伝説の弓で、サネアツから譲り受けた物だった。
伝説では常に女性が使っている武器として描かれている為、アストリアに渡したのだ。

まあ、何も言わないという事は、これからも言う気は無いのだろう。
それなら俺から直接礼を言うのは無粋だろう。
受けた恩以上の働きで返せば良いだけだ。


何も無い小さな村だが、
色々な出来事があった村で、
結局、良い村なんだな。

 

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『ぷるぷる大陸物語』についての概要、キャラクター設定、第1話へのリンク等は、

『ぷるぷる大陸物語』-概要

をご覧ください。

ぷるぷる大陸物語 第14話 ~無機質な巨人3(終)~

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次の駐屯所に着く頃には少し薄暗くなっていた。
「ところで他の魔術師はどうした?」
「皆帰ってしまいましたな。なにせ我々が報酬を出せないですからな」
「どういう事だ?」
「ゴーレムを倒してもただの岩ゆえ。本当に倒したのか、ただの岩を見せられているのか我々には見分けがつきませぬ。致し方ない事ですなぁ」
「そうか……」

俺は分かった事をまとめていた。
大地からプルが伸びていて、まるで大地に操られているようだった。
アストリアはゴーレムの思考が読めなかったにも関わらず、何か考えがあるようだった。
そして何より驚いたのは、目も無いゴーレムが幻影を追いかけ、まるで目で物を見ているかのようだった事だ。
大地が操っていて、目が無いのであれば、幻影ではなく大地を踏みしめている俺達に向かってくるはずだ。
知れば知るほど謎が深まっていく。


その後はプルプット村に着くまでゴーレムには遭遇しなかった。
ゴーレムが出没する場所をあえて避けて歩いたからだ。
一度村へ行ってサネアツに作って欲しいものがあった。
まあ、作らずとも村へ行けば誰かが持っているかもしれないが。


「おお、サネアツじゃねーか。ハインツも一緒か。良く帰ったな」
プルプット村へ着くと、村人が俺達を見つけて声をかけてきた。
向こうは俺達を知っているようだったが、俺はほとんど村人の顔と名前を憶えていない。

「おいサネアツ。今度は望遠鏡を作ってくれ」
「お? 久しぶりに鳥でも見るのか? 古いので良ければ家にあると思うぞ」
家と言えば、俺達は同じ家で育ったから一つしかない。村長の家だ。
村長は俺が村を出る前に代替わりしていて、サネアツの兄アキツネが村長をしている。
「鳥じゃない。ゴーレムを遠くから観察する」
近い方が色々と分かるが、自分が襲われていては落ち着いて観察できない。

俺はゴーレムの目的が知りたいと思った。
一度失敗しても、仲間を引き連れてまた襲ってきた。
どうしても俺達を殺したいという強い意志を感じたのだ。
ただの岩がなぜそんな事を思うのか。
それさえ分かれば解決できるような気がした。

「望遠鏡あるか?」
サネアツは家に入ると挨拶代わりに望遠鏡を探し始めた。
「うおっ、サネアツか、ハインツも一緒か! ゆっくりしていけるのか?」
村長のアキツネは望遠鏡の事など耳に入っていないようだ。
「望遠鏡あるか?」
俺もサネアツの真似をして、望遠鏡を探し始めた。
アキツネは無視だ。今それどころじゃない。

「まるで物取りね」
トルキンエが呆れている。
確かにここは俺の家ですらない。ただ預けられただけで俺を育てる義理なんて無い。
ただ、村長一家は遠慮を嫌う奴らだったので、俺も遠慮はしなかった。
これが俺の学んだ礼儀なのだ。文句があるなら俺を育てた奴らに言って欲しい。

望遠鏡を見つけた。
「これ、借りていくぞ。ゴーレムは俺が何とかする。ゆっくりするのは仕事が終わってからだ」
「お前ら、ゴーレムの件で来たのか!? ちょっと待て、村は俺達で何とかする。お前は首突っ込むな!」
アキツネが急に叫び出したが、サネアツが止めていたので俺は無視して家を出た。

恐らく俺の親が魔獣討伐に出かけて帰ってこなかった事と重なったのだろう。
悪いが俺はそんな失敗はしない。
「いいの? 凄く心配してくれていたけど」
アストリアが、俺の気持ちもアキツネの気持ちも分かったうえで、聞いてきた。
「当然だ。今の俺には仲間がいる。俺の親とは違う。アキツネだって俺を信じたい気持ちもあるはずだ。期待に応えてやろうぜ?」
「うん……、そうね!」

「ガーラ、この村から一番近くでゴーレムが目撃された場所に案内してくれ」
「今からですかな? もうすぐ暗くなりますゆえ、明日にしてはいかがかな?」
「この村は俺の育った村だ。この辺りは庭みたいなものだ。心配するな」
「しかし今はゴーレムが出ますゆえ、昔とは違いますぞ」
「それなら案内は要らん」
「待たれよ。私も行きますゆえ」
結局ガーラもついてきた。


俺達はゴーレムが出るという岩場を上から見下ろせる場所に陣取った。
ここからならゴーレムの動きが安全に良く見える。
暫くはその岩場にネズミがちょろちょろしているだけだった。
ネズミはチュラットという名前で、この山では特に珍しくも無い動物だ。
そういえば前にゴーレムが崩れた時もチュラットが逃げていった。

その岩場に熊がやってきた。
この熊はキラーベアという名前で、その名の通り狂暴な熊として知られている。

岩がおもむろに起き上がった。ゴーレムだ。
キラーベアもゴーレムに気付いたが、臆した様子は無い。
そこにもう1頭キラーベアがやってきた。
ゴーレムの方も俺達の時と同じ3体に増えていた。

キラーベアが先に仕掛ける。
圧倒的な力にゴーレムの胴体が吹き飛んだ。
しかし手と足はそのまま残っている。
そして残った手が振り下ろされキラーベアを直撃した。
もう1頭のキラーベアは、ゴーレム2体に挟まれ、後ろから攻撃してきたゴーレムが仲間のゴーレムごとキラーベアを攻撃した。
あっという間に狂暴なキラーベア2頭が倒れた。
仲間に攻撃されたゴーレムも崩れている。
そして、残されたゴーレムも崩れ落ちその場でただの岩と化した。

どういう事だ?
勝っても負けても、逃げられたとしても、その場でただの岩に戻るというのか?
目的がさっぱり分からない。

ゴーレムに殺されたキラーベアは無残にもチュラットの餌食になっている。
チュラットは動物の死骸を好んで食べる。
もしかしたら、ゴーレムの現れるところにチュラットがいるのはこれが目当てなのかもしれない。
労せずして食べ物にありつけるのだ。

待てよ?
なぜゴーレムはチュラットを攻撃しない?
小さすぎて標的として認識できないだけだろうか?
逆に、ゴーレムがチュラットを養う為に動物を狩っているなんて事は……。
さすがにありえないか。


「ちょっとあのチュラットというネズミを捕まえてくる」
俺は岩場まで下りて行った。皆もついてくる。

俺が近づくとチュラットが威嚇してきた。
その時だ。

チュラットの群れからプルが伸び岩を持ち上げた。
そしてゴーレムが出来上がった。

「おい、全員でチュラットを攻撃しろ!」
俺は短剣を構えてチュラットに切りかかった。
ゴーレムが腕を振り下ろすが、それをかわしてチュラットに狙いを定めて刺した。
アストリアも弓でチュラットを射抜いている。
背後から岩が飛んできた。俺はギリギリで避けて転がった。
もう人の形をしていない。チュラットもなりふり構っていない。
俺は手元にいたチュラットを1匹捕まえた。
そしてチュラットの魔法を使って、そこらじゅうのチュラットを宙に舞い上げた。
大きな岩は到底持ち上げられないが、小さなチュラットくらいなら俺の魔力でも余裕だ。
宙に舞い上がったチュラットをアストリアが次々と射抜いていく。
チュラットの数が減り、プルが薄れるとゴーレムが崩れ落ちた。

「まさかのチュラットか」
俺はやっと分かったゴーレムの正体にかなり脱力した。
アストリアは俺の心を読んでいるから分かったようだが、他の皆は未だに理解できていないようだ。
「よし、帰るぞ」
「何か分かったんですか?」
ずっと黙って心配そうにしていたスレイがやっと聞いてきた。
良いタイミングだ。
「何か、じゃない。全て分かった」


「サネアツ、チュラット獲り用の道具があっただろう? あれを大量に作ってくれ」
「なんだ? チュラットごときでゴーレム調査ができなかったのか?」
「ははっ、何言ってやがる。調査は終わった。チュラットを狩ればゴーレムも居なくなる。褒め称えてくれて良いぞ」
俺は得意げだった。
そして、スレイを含め全員に分かった事を説明した。
「ゴーレムの正体はチュラットというネズミだった。そいつらが魔法を使って岩を動かして動物を襲っていたんだ。チュラットの魔法は『土』属性とでも言えば伝わるか? 1匹では弱い魔法だが群れで使う事で大きな岩を動かしていたんだ」
「あんな小さなネズミが。そりゃ気付きませんでしたな」
ガーラが今までで一番の大声で笑った。
「流石です、ハインツさん。これでゴーレムは退治できたようなものですね!」
俺は満足げに頷いた。
「あぶない事しやがって……」
アキツネが不機嫌そうに呟いた。


その夜、村で宴が開かれた。
アキツネとサネアツ以外あまり覚えていない村人と酒を呑んだ。
皆楽しそうだった。

俺は1人宴を抜けてお気に入りの場所へ行った。
そこは少し高くなっていて、村から山の麓が見える場所だった。
昔から俺はそこから山の麓を見ては、村の外の世界に想いを馳せていた。
もしかしたら、親の本当の故郷がそこにあるのではないかと期待しながら。

いつの間に宴を抜けて来たのか、アストリアが隣に座った。
そして、何も言わず山の麓を眺めていた。
遠くから音楽が聞こえてきた。村の民謡だ。
まだまだ宴は続くようだ。

 

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